第1日:時代祭ってどんなまつり?(起源編)

October 1, 2018

 時代祭は、「葵祭」「祇園祭」と並ぶ京都三大祭のなかの一つです。この3つの祭の中で時代祭は始まって120年程度の最も歴史が浅い祭です。にもかかわらず、京都三大祭の中に数えられる程の立派な祭になった起源を今日は話したいと思います。



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Photo by 平安神宮 http://www.heianjingu.or.jp/festival/jidaisai.html


 京都は、西暦 794 年に桓武天皇が平安京に都を移してから 1000 年以上都でした。しかし、幕末から明治維新にかけて、京都は急激に変動する社会のなかで、戦場になり市中の約半数の家が消失するといった大惨事に巻き込まれたり、明治天皇が東京へ居を移したことで、公家・町人また、とらや・鳩居堂といった店までもが東京へ行ってしまったりと状況はまさに踏んだり蹴ったりでした。

 明治時代初期、荒廃した京都を復興させようと市民たちは、天皇が京都へ居を戻されることを信じて一生懸命復興を行いました。復興策では、全国で初めて学区を設けて近代教育を行い、また勧業政策として琵琶湖疏水の掘削、発電所の建設、路面電車の敷設が行われました。



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Photo by 乃村工藝社 https://www.nomurakougei.co.jp/expo/history


 これらの事業の集大成として明治 28 年に平安遷都 1100 年記念祭、第四回内国勧業博覧会といったいわゆる万博のようなもの開催が推し進められました。この時に、平安京に遷都した桓武天皇を祀る平安神宮が造られ、これを祝う市民の祭として時代祭が行われるようになりました。なので、時代祭はもちろん神聖な儀式も祭の中で行われますが、京都の街の人々が作り上げる祭であるのでとても街の人の活気を感じられる祭になっています。それでは、今日はここまでにして明日は時代祭の隊列についてお話をしようと思います。

 

ミニコラム「1 回目の開催日は 10 月 22 日じゃなかった!?」

 時代祭と言えば、曜日に関係なく毎年平安京に都が移された日の 10 月 22 日に祭りが行われています。ただ、第 1 回目は 25 日でした。しかも、第 1 回目はわずか 3 か月で祭の開催が決定実行されました。2 回目に 22 日になり、回数を重ねるごとに“時代祭”として完成されたものになってゆきました。


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